20世紀末の浮ついたベンチャーブーム、新興市場ブームに冷水を浴びせかけたのが、東証マザーズ上場第一号のリキッドオーディオ・ジャパンだった。
上場直後の会社四季報(2000年秋号)に、こんな記述がある。
「元東京地検特捜部長の河上和雄氏と元東京高検検事長の村山弘義氏を顧問に迎え、信用不安払拭狙う」
同社のピークは、1999年12月の上場で、以降は期待を裏切り続けて株価は急落。オーナーの黒木正博氏や社長の大神田正文氏と反社会的勢力(反社)との黒い噂が絶えず、それが金融機関の及び腰となって信用不安が始まっていたが、ヤメ検の河上、村山の両氏は、「まともな会社の証明」として顧問を要請され、それを受けた。
だが、リキッドオーディオ・ジャパンはその後も社長が拉致監禁事件を起こすなど不祥事続き。顧問の後、監査役に就任していた村山氏は、コンプライアンスを確立できなかったとして批判された。
その村山氏が、日本相撲協会理事長代行を続けることになった。後任に予定されていた出羽海理事に理事会への報告を怠るなど問題が発覚、武蔵川理事長の体調も思わしくなく、7月25日の理事会で続投が決まった。
日本相撲協会もリキッドオーディオ・ジャパンも発想は同じである。村山氏の検察における最後の地位は東京高検検事長。検察のナンバー2で、検事総長の次である。不祥事を収め、健全性をアピールするのに打ってつけの経歴。企業も大自然と同じで、嵐が吹き荒れるときは、経営陣に「検察OB」という座りのいい人を持ってきて、通り過ぎるのを待つ作戦である。
それは、「ヤメ検が食うための道」でもあるが、度が過ぎれば問題だろう。
村山氏は、不動産会社のスルガコーポレーション(民事再生手続き中)で、08年から09年まで監査役に就任していた。これはスルガ社が、光誉(こうよ)実業という大阪の不動産屋に地上げを依頼したところ、同社が無資格でビルの立ち退き交渉をしたとして、弁護士法違反(非弁護士活動)に問われたことがあり、その緊急避難措置だった。
光誉実業の朝治博社長は、弁護士法違反で逮捕されるのだが、山口組系宅見組の宅見勝組長(97年神戸市内のホテルで射殺)と親しく、捜査当局は「企業舎弟」と認定していた。それだけにスルガ社は、元高検検事長の肩書を持つ村山氏に監査役を要請、信頼回復に努めた。
「反社」にとっては使い勝手のいいヤメ検だが、この村山氏の腰の軽さ、節操のなさは相撲協会理事長代行としては問題だ。
松ケ根親方が、20年前から毎年3月に大阪市で開かれる春場所の宿舎に、朝治氏所有のビルを借りていたことが判明、松ケ根親方は「暴力団関係者とは思っていなかった」と釈明したものの、時期が時期だけにそれは通らず、頭を下げた。
となると、村山氏と「反社」との関係も問題となるのではないか。
「普通、総長や検事長クラスの大物は、大企業の監査役や顧問に就任、事件屋や反社の類の依頼は受けない。ところが村山さんはカネになれば依頼を断らない。理事長代行として村山さんは、松ケ根親方を叱責する立場。だが朝治は、自分が監査役を務めていたスルガと一蓮托生の企業舎弟。村山さんに松ケ根親方を叱る資格があるのか、と思う人がいてもおかしくない」(検察関係者)
角界以外の人間が、理事長代行という要職に座るのは異例。緊急避難の色合いが濃く、それだけに村山氏は7月25日の名古屋場所終了時点で辞任するはずだった。実際、弁護士業務との掛け持ちで、本場所を空けることもあり、「どこまで本気か」と、批判されることも多かった。
それも「緊急だから」と、許されていたのだが、続投となると話は別。仕事を絞り、理事長代行に専念、不祥事続きで揺らぐ相撲協会をまとめ上げなければならない。だが、村山氏に「相撲に専念」の気持ちは薄いようで、最近も仕事を依頼する事件屋がいて、村山氏が受任している事実がある。なかには、警察が摘発に総力を挙げる弘道会に絡む被疑者も含まれているという。
地方大学(新潟大学)出身で、法務・検察のエリートではない村山氏が、東京高検検事長にまで上り詰めることができたのは、女性問題を引き起こした則定衛元東京高検検事長の失脚といった“幸運”に加え、並々ならぬ上昇志向の賜物だった。
ヤメ検には、根来泰周元東京高検検事長がプロ野球のコミッショナーに就任、熊崎勝彦元東京地検特捜部長が代行となってプロ野球に君臨した過去(根来氏は07年に退任、熊崎氏は現在、顧問)がある。村山氏が相撲でその“栄光”を受け継ごうとしているなら、どこかで大きな落とし穴が待ち受けているといわざるを得ない。

