「東大教授」が、その看板で政治に関与することは悪いことではない。独立行政法人化したとはいえ、国立大学法人の専門家として情報発信するのは、「日本の最高学府」に勤務する者としての務めだろう。
だが、この人の場合はどうか。TBS「時事放談」の司会者を務める御厨貴東京大学先端科学技術研究センター教授。東大教授としての見識を披露するというより、司会者として、可もなく不可もない“老人”の政界四方山話に相槌を打ち、“時流”に乗る。
例えば、小沢一郎(民主党前幹事長)バッシングが続いている時、「時事放談」に野中広務自民党元幹事長が登場すれば、当然、小沢批判となるが、それに相乗りして番組を編成する。
「時事放談」の出演者は、日曜日の早朝という時間枠もあって、老人視聴者向けに老人を揃えている。野中氏以外の常連といえば、中曽根康弘元首相、塩川正十郎元財務相、藤井裕久元財務相、渡部恒三元衆院副議長、加藤紘一自民党元幹事長など、政界リタイヤ組か半リタイヤ組が大半。だから発言は無責任になるし、正確な情報が入っていないから四方山話となる。
それゆえに「時事放談」だが、「放談」をうまく誘導するのは司会者の役割。御厨氏の見識なき司会には疑問符がつくが、経歴は申し分ない。東大法学部を卒業後、ハーバード大学客員研究員などを歴任、サントリー学芸賞を受賞している。
問題は、そうした経歴の東大教授が、老人の「放談」に相槌を打てば、それが“時流”となってしまうことだ。ただ、その怖さを、この立派な経歴を持つ「司会者」は、意識していない。
もともと、学者としての「立ち位置」に疑問のある人ではあった。数ある著作の中で印象に残るのは、宮澤喜一元首相への膨大なインタビューをまとめた『宮澤喜一回顧録』や後藤田正晴元副総理へのインタビューをまとめた『情と理』。つまり、印象に残る業績も「司会業」なのである。
司会者としての達人は、好悪は別にして田原総一朗氏だろう。挑発して政治家の喜怒哀楽を引き出す。視聴率狙いの姿勢はあざといが、プロ司会者としての自らの役割をわきまえている。もちろん御厨氏には、そんなテクニックはないし、面白い話を引き出そうとする努力もうかがえない。
御厨氏の対極にあると思われるのが、中西輝政京大教授である。東大と並ぶ国立大学法人の著名教授として、中西氏は『文藝春秋』『WiLL』など月刊誌を中心に、精力的な執筆活動を行なっている。最新8月号の『WiLL』では、「菅新政権は『偽装政権』だ!」と題し、鳩山辞任で政権を握った菅直人首相が、「脱小沢」と見えながら、実は「小沢を隠している」と、痛烈に批判している。
ここで言いたいのは、中西氏の主張の是非ではなく、氏に一貫している「ぶれない姿勢」である。おそらくそのために、中西氏は意見がぶつ切りにされるテレビ出演は好まず、執筆を中心とし、大きな政治の節目に、中西氏の意見を聞きたいと思うファンは少なくないという。
御厨氏には、それがない。『週刊朝日』(7月2日号)で、新政権の「国会通信簿」をつけた御厨氏は、松原隆一郎東大教授との対談で、こう語っている。
「民主党の小沢一郎前幹事長みたいに、何でも裏で決めちゃうワルはいたけど、きちんと国民に向かって語れるワルはこれまでいなかった。菅さんはいい意味でのワルですよ」
情けないほどステレオタイプな発言。こんな感覚で日本政治にコミットしてもらいたくはないが、こんな感覚だから「放談」の司会者ができるともいえよう。
ならば、今からでも遅くない。東大教授の職は投げ打って、田原氏並みのプロ司会者を目指すべきではないだろうか。

