みんなの党の人気が引き続き高い。
一時、新党が乱立、埋没するかと思われたのだが、渡辺喜美代表の「役人叩き」は、年季が入って職人芸の趣があり、「ぶれない軸」を持っている強みがある。
また、事務所を賃料の安いワンルームマンションに置き、政治資金面でのクリーン度を強調。候補者の顔ぶれも30代、40代の医者、弁護士、若手実業家など若さとさわやかさが“売り”で、労組出身の地味で暗いイメージの候補者を抱えざるを得ない民主、ロートルが多く利権がチラつく自民、との差を強調している。
だが、代表の渡辺喜美氏は、クリーンにはほど遠い政治家だ。なにより「言行不一致」を責められるべきだろう。
みんなの党が昨年夏の衆院選で掲げた公約は、政治家個人への企業・団体献金を即時に禁止するというもの。献金だけでなく、政治資金パーティーを通じた献金も即時禁止で、政党本部への企業・団体献金は一年以内に禁止というのだから念が入っている。
その理由は、「政治腐敗の元凶」だからと、ごくシンプル。献金する側には思惑があるのは当然で、それをまず防ぐというのが、公務員改革と並べた理由だった。
だが、周知のように渡辺氏は「ミッチー」の愛称で親しまれた渡辺美智雄元副総理の後を継いだ二世。ミッチーが、土建と農業の二つを基盤に、地元の栃木県に利権網を構築した政治家であることは、政治記者でなくとも年配の意識的な国民は知っており、その後継者で元秘書の喜美氏が唱える「クリーン」や「私たちにはおカネがない」という発言は、眉に唾をして聞いている。
その“ごまかし”を暴いたのが『赤旗』である。
「企業・団体献金は『政治腐敗の元凶』と全面禁止を公約していた『みんなの党』の渡辺喜美代表。しかしその実態を調べると、6年間で5億円を超える企業・団体献金(パーティー券収入を含む)を受け取っていました。そのなかには公共工事を受注している企業からのものもゾロゾロ……。いったいどうなっているのか」(2010年6月6日号)
確かに、「ストップ!天下り」と、官僚叩きに奔走するなら、企業・団体の献金目的は、役所への口利きや公共工事などの情報収集なのだから、献金を受け取るべきではない。まさに「腐敗の元凶」である。
ところが、政治資金管理団体「温故知新の会」を中心に、1年当たり平均9100万円の企業・団体献金を受け、ずらりと並んだ建設会社の中には、国交省や栃木県発注の公共事業を受注していた業者が、判明しただけで約70社に達していたという。
もともと人の良さそうな「栃木弁」で緩和されてはいたが、父のミッチーはカネもうけがうまい政治家だった。1995年9月、「総理の座」を目前に他界。その際、12億2000万円の遺産があり、内訳は栃木県西那須野町の自宅や山林、東京都千代田区と渋谷区に所有するマンションが計三戸で、ほかに株式と現預金などだった。
税理士から徒手空拳、政治家となって総理総裁候補にまで上り詰めた人ではあるが、どうしてここまでの資産形成が可能なのか。しかも、その4年後、1億2000万円の申告漏れが発覚、他人名義の土地が、実はミッチーのものだったとかで、底知れぬ金満ぶりが明らかとなった。
その“原点”というべきは、0971年10月に設立された和三紫という有限会社。この不動産会社を舞台にした疑惑は枚挙にいとまないが、中核は新幹線那須塩原駅近くの土地取得といった「事前情報」をカネに換える政界錬金術だろう。ミッチー疑惑といえば、和三紫が日本だけでなくブラジルにも土地を取得、さまざまに思惑が語られたが、同社を取材した『月刊現代』(90年10月号)の松田賢弥氏のレポートでは、当時、秘書の喜美氏がこう答えている。
「悪いことはやってない。批難されるべきことも。(美智雄氏は)いまも単なる出資者で、経営にはいっさい口出ししていません」
この「悪いことはやってない」という言葉が、今も喜美氏の価値観だから、「献金をもらっても悪いことをしなければいい」という発想につながるのだろう。だが、それでは公約に重みがなく、だから「成長戦略の追求」と「生活重視」という相矛盾したことが、みんなの党の公約となる。
「若手勝ち組」の候補者は、成長のためなら厳しい競争社会を生き抜くべき、と本音では思っており、そこに「生活重視」の弱者救済の発想はない。
この二律背反を平気で掲げる感性は、ミッチーの資産を受け継ぎ、先物会社のオリエント交易グループから10年間、社員の給与天引きの形で3540万円を受け取り、渋谷区松濤の豪邸に住み、政党交付金で700万円の家賃を和三紫に払い、といった好き勝手をやりながら「クリーン」を強調して恥じない。この自省なき言動の数々が、善くも悪しくも渡辺喜美という政治家の限界なのである。

