「目からウロコが落ちる本」がある。疑いもなく信じていたことが誤りであることを教えてくれる本——読者としては、これに優る読書の醍醐味はない。
とはいえ、そんな「目からウロコ本」に出会えるのは年に何度もない。最悪なのは、受けを狙って、あり得ない結論に導く「とんでも本」で、国家破たん、円の暴落などを煽る「危機本」の類がそれにあたる。筆者は金融関係者であることが多く、自らが関与するファンドなどに読者を誘い込むのが目的というのだから、始末が悪い。
そういう意味で、武田邦彦氏が今年3月に上梓、25万部を売り上げるベストセラーとなった『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(洋泉社)は、「地球にやさしい」とされる環境常識の数々が、いかにウソに満ちたものであるかを伝える衝撃的な本である。
武田氏は第一章で、身近なペットボトルから入り、「環境を大切にするために行なうペットボトル分別のウソ」を指摘する。
「ペットボトルのリサイクルは、①資源を節約し、②ごみを減らし、③資源をもう一度使う、と喧伝されてきたが、事実は①資源を7倍使い、②ごみが7倍増え、③資源はほとんど再利用されていない、というのが実態なのである」
ここまでに武田氏は、ペットボトルのリサイクルを始めた1993年以降、「リサイクルされる環境にやさしい容器だから」という意識がペットボトルの消費を拡大、2004年までに12万トンから50万トンと7倍に増加したと数字をあげて説明。ところが、再利用されたペットボトルは3万トンでしかないと、衝撃の事実を明かしていた。
だから読者は、武田氏の「実にバカらしい」という分別のウソを実感、「容器包装リサイクル法」をつくった政府が、その意味のない法律を継続させるために、「焼却をリサイクル」に分類、体面をとりつくろいつつ、リサイクル業者にカネを支払って引き取ってもらうバカらしさにため息をつく。
分別のために、国民は少なからぬ労力をかけるようになった。燃えるゴミ、燃えないゴミ、カン、ペットボトル、新聞・古着に分け、決められた曜日の決められた時間に出さなければならない。しかも、自治体専用のゴミ袋で出す。この面倒な手間は、ダイオキシンを出さず、リサイクルを推進、地球環境のために必要なことだと信じて国民は、その手間を受け入れたのである。
ところが武田氏は、その大半がウソであることを証明する。リサイクルのために分別していたペットボトルは、ほとんどがリサイクルに分類されたまま焼却されていることなど誰も知らない。また、ダイオキシンは猛毒に仕立て上げられたが、実際は自然界に普通にあるもので、日本の水田に散布されたダイオキシンの量は、ベトナム戦争時の8倍にもなるという。
だから自治体専用の袋など噴飯ものだが、リサイクル業者や焼却炉メーカーなど、利権が発生している業者の水面下の工作と、環境にやさしいスタンスを崩せないマスコミの力によって、「分別リサイクル」に異議を唱える人はいなかった。
武田氏は、現在、中部大学総合工学研究所教授を務める専門家。日本工学アカデミー理事、内閣府原子力安全委員会専門委員、文部科学省科学技術審議会専門委員などを務め、国もその見識を認めた学者であり、「受け狙いの評論家」の類とはわけが違う。その専門家がここまで発言、国民は受け入れ、9月には早くも続編の「Ⅱ」を上梓、論議を加熱させている。
それにつけても問題なのは、「環境問題のウソ」を分かっていながら発言しない専門家と、「リサイクル」「環境」「地球にやさしい」といった言葉に無条件に反応、いたずらに危機をあおるマスコミだろう。
「海面上昇で山間へ遷都計画」「6兆円かけ20年がかり」「脱出進み23区人口半減」といた見出しを掲げ、『朝日新聞』が、近未来シミュレーションの記事を掲載したのは、1984年元旦だった。この記事には、「世界の平均気温が上昇すると、南極や北極の氷が溶けて海水面が上昇する」という、間違った俗説も含まれていた。
南極はむしろ気温が下降しているし、アルキメデスの原理によって、北極の氷が溶けても水面の高さは変わらない。そんな一般常識が環境問題では通じないし、その近未来記事から20年以上経った今日、数値のごまかしなどが証明されているのに、「温暖化による海水面の上昇で都市の水没」といった俗説がまかり通っている。
こうした『朝日新聞』やNHKに代表される硬直的な環境報道が、我々をリサイクルの強迫観念で縛り、ダイオキシンや地球温暖化に怯えさせてきた。その過ちを正し、脅迫観念を取り除いてくれるという意味でも、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』は、良書といえよう。
最近もTBSのニュース23で、地球温暖化問題を特集している。ニュースキャスターにせめてこの書籍ぐらい読ませておけば、「海面が1m上昇すれば、東京は水没します」などの、恥ずかしい発言はしないのではなかろうか。

