刑事事件としての「質」はともかくとして、朝鮮総連中央本部の土地建物が元公安調査庁長官、緒方重威容疑者や不動産会社「三正」元社長、満井忠男容疑者らに“騙し取られた”とされる事件は、『朝鮮中央通信』が「朝鮮民主主義人民共和国外務省スポークスマンが『安倍一派の総連弾圧は許しがたく、わが該当部門が必要な措置をとるであろう』との声明を発表した」(平壌発)と報じて、案の定、北が論点を政治問題にすり替え、国連人権問題部門で日本の責任を強調するなど、キナ臭さを放ち始めている。
日本政府がこれにまともに応じる必要はないが、その一方で最低限の説明責任は存在する。整理回収機構(RCC)から627億円の債務弁済を求められた訴訟に絡み、総連が和解によって中央本部の差し押さえを防ぐため、昨年後半から今年初めにかけて条件などを官邸と協議していた──とされる“疑惑”である。
この問題は『共同通信』の報道によって浮上した。総連側代理人だった土屋公献弁護士がメモに残していたもので、「官邸の秘書官、当方の案を検討。自分たちの案も出してみる。安倍総理にも相談することになろう」(昨年11月8日)、「金融庁としては40億+30億でOKのニュアンス」(昨年11月14日)、「金融庁に会ったが、官邸はダメ」(今年1月25日)などと、一連の“協議”をうかがわせる内容である。土屋弁護士は「私が総連から報告を受けた内容をその都度記録したものに間違いない」と認めているが、官邸は「この問題に関わったことはない」と、木で鼻をくくったような対応である。
実は、警視庁公安部が総連と官邸の協議の行方を監視していた。公安筋は「官邸側の窓口は井上義行秘書官」と断言した上で、「何らかの『取引』がかわされようとしたのではないか」と、不審の目を向ける。
思い出されるのは、小泉政権時代に飯島勲秘書官が総連の許宗萬副議長と極秘裏に接触し、06年5月の小泉再訪朝に道筋をつけたとされる水面下交渉。井上秘書官を使い総連と接触したとされる安倍首相の脳裏には、当然このことがよぎったであろう。しかし「『取引』の材料が拉致被害者の帰還だとすれば、安倍政権は総連の違法行為に目をつぶる代わりに拉致解決の進展を得たことになり、それまでの安倍首相のスタンスは全て崩れる。かつての土下座外交と同種になる」という公安当局者の指摘通り、政権の屋台骨を揺るがす不審の念のタネにもなる。
土屋弁護士のメモには、「日本人が買えば問題なし」(今年1月25日)という記載もあり、官邸の“和解拒否”が今回の事件の遠因になったことをもうかがわせる。そもそも、官邸が「政治判断」によって総連の売却回避を探ることと、公安庁元トップが「過剰な追い込みは得策ではない」として売買に手を貸すのと、「行為の質」として大きな差があると言えるであろうか。一方が刑事被告人とされ、一方は満足な説明すらしない現状を、見る目のある国民は問題視しているはずである。
安倍政権の浮揚力は「拉致」しかない。だからこそ、総連問題をめぐる不透明な動きは、拉致の“つまみ食い”と映る。それでなくても、政治色を持って見られがちな総連事件で降りかかった火の粉を、官邸は真摯な態度で説明する義務がある。そういう「誠実さ」の有無を、有権者たちはじっと見詰めているのだ、と指摘しておく。

