朝日新聞特別報道チームが、「調査報道」の名にふさわしいスクープを放ったのが、「製造の現場」で蔓延する「偽装請負」の実態を暴いたルポルタージュだった。
中でも衝撃は、「終身雇用制の維持」を表明、家族的経営を貫きつつ、世界の製造業の先端で競い続ける「勝ち組企業」のキヤノンが、「偽装請負」をあちこちの工場で繰り広げていたことだった。
キヤノン会長の御手洗冨士夫氏は、財界トップの日本経団連会長である。長く米国キヤノンの経営にあたり成長に乗せながら、経済合理性を前面に押し出すことなく、逆に日本固有の労働慣行と家族主義的なシステムを大切にした。それだけに経団連会長就任に際し、御手洗氏への期待は高く、一般的な人気も集めていた。
そんな人だという認識があっただけに、2006年秋からの報道で、キヤノンが実際は人材サービス会社からの派遣なのに、業務請負の契約があるかのように装う「偽装請負」を長年続け、違法性をたびたび労働行政当局から指摘されるという確信犯的な企業であることが明らかになると、誰もがそのギャップに驚いた。
この問題は、国会にまで持ち出され、御手洗氏は経団連会長であるとともに、経済財政諮問会議の議員であることから、その責任を追及された。
それから1年近くが経過、朝日新聞は最近、この調査報道を『偽装請負』(朝日新書)として上梓した。報道で実態を暴かれ、国会等で指弾され、キヤノンは反省の上で姿勢を改めたのか。否である。
「御手洗さんの中には社員と非社員の区別が明確にある。社員は守るがそれ以外は知らないという意識。であるがゆえに反省はせず、体制も変わらない。それどころか朝日との仲は冷え切ったままで、厖大な出稿量を誇るキヤノンが、今も朝日には広告を出していない。仮にも経団連会長社なんだからそれはまずいと、朝日との関係修復を図ろうとするんだが、人材がいない。
キヤノンは朝日の著名な経済部OBをひとり顧問にしているんだが、典型的朝日人でプライドばかり高くて役に立たない。経団連会長就任を機に広報スタッフを増やしたものの、『新』と『旧』が争ってまとまらない。そこでマスコミ対策に長けていると思ったのか、新たにPR会社を入れたが、うまくいくかどうか未知数だ」(全国紙経団連担当記者)
本となった『偽装請負』における朝日新聞の指摘は正しいし、何よりキヤノンの“非道”を攻撃するタイプの記事ではない。労賃の高い日本で製造業を続けるには、社員と請負と派遣との使い分けが生じることはやむを得ないと、冷静に判断する。
ただ、そこには不公平感のみならず、社員以外の労働者には勤労意欲の低下、将来が見えないことによる少子化といった問題が発生し、社会的にも格差社会ゆえの治安の悪化、二極化がもたらす学力の低下と学校の荒廃などの問題が生じる。そこにまで目を向けている報道を、「目の敵」にしている印象のキヤノンはいかにも大人げない。
取り上げられているのはキヤノンだけではない。松下電器産業も俎上にのぼっている。それもあって感じるのは、今回のトラブルは御手洗氏の狭量に起因するのではないかという懸念だ。
経済財政諮問会議では「請負法制」に無理があると指摘、「3年たったら正社員にしろというのは硬直的に過ぎる」と、主張した。つまり正社員の雇用の安定の下支えが請負であるという認識であり、その考えはキヤノンバッシングを経た後も変わらなかった。
07年2月26日の定例会見で御手洗氏は、「終身雇用の維持」を掲げるキヤノンが非正規雇用の従業員を使うことに矛盾はないかと問われて、こう答えている。
「矛盾はありません。うちの社員じゃありませんから」
開き直りではあるが本音だろう。家族主義がこの範囲で発せられるのだとしたら、御手洗氏の狭量さは相当なもので、「日本全体」を見る人だとはとても思えないのである。

