株主総会における「委任状争奪戦」を意味する「プロキシファイト」という言葉を、日本に定着させたのは、村上ファンドを運営する村上世彰被告だった。
東京スタイルの、株主価値など考えたこともないような経営陣と一戦を交えた村上被告。敗れはしたが、資本市場の原則とはこうあるべきだという彼の主張は斬新で、多くの投資家を引きつけ、上場企業経営者にショックを与えた。「ファンド資本主義」に先鞭をつけたともいえるわけで、後のインサイダー事件の評価は別にして、村上被告が日本の証券市場に果たした役割は大きかった。
その村上被告からTBS株の譲渡を受けた楽天の三木谷浩史社長が、TBSとの交渉で一致点を見いだすことができず、6月末の株主総会で「プロキシファイト」に突入することになった。
先達に対する「秩序の側」の風あたりは厳しい。フジテレビに戦いを挑んだライブドアの堀江貴文被告は、粉飾決算で足元をすくわれ、村上被告は堀江被告にニッポン放送株をハメようと画策、それには成功したものの、過程の堀江被告らとのトークをインサイダー取引に問われた。
堀江、村上の両被告は、「放送とメディアの融合」という主張に自信を持ち、規制に守られた業界に“風穴”を開ける自分たちに理があると誤解した。新興勢力への寛大は、それが自身を凌駕するほど大きくなると恐怖に変わり、排除しようという気になるのが「秩序の側」というものである。
「秩序の側」は、何事であれ、急旋回はできない。だから難癖をつけて堀江被告と村上被告は潰された。フジサンケイグループと検察が「異物の排除」で手を握ったわけではないが、二人が「好ましからざる人物である」という共通認識を持ち、その雰囲気を世間に醸成させていった。
TBSとの戦いに突き進む三木谷氏には、先陣を切った二人の末路が意識されていない。また、ライブドア・村上ファンド事件から1年半が経過した今、当時と比べ、それほど大きな「空気」の変化が起きていないことに気づいていない。さらに言えば、弊誌がNo.575で指摘したように、「暴走する三木谷氏を引き止める側近」がいない。
結果として三木谷氏は徹底的にやる。
会員制月刊誌の『Foresight』(2007年6月号)は、米ゴールドマン・サックス証券日本法人幹部の、次の言葉を紹介している。
「カネは我々でいくらでもつけられる。三木谷は今度こそトコトンやる覚悟だ」
匿名発言ゆえ真偽はわからない。TBS統合をぶち上げた一昨年10月、ゴールドマンが2000億円規模の調達計画を打診していたことを例に、この発言を引き出しているだけに疑問符はつくが、三木谷氏が起業家生命をかけてでも、TBS統合を実現したいという、思い詰めた気持ちを持っていることは確かだ。
勝負しない経営者より、果敢に挑戦を続ける経営者の方が美しい。「秩序の側」は必ず反発するが、時代の流れに沿っている限り、最終的な勝利は、それが次世代に移っていたとしても挑戦者にもたらされる。
したがって弊誌は、三木谷氏の戦いにケチをつける気持ちなどないのだが、「放送とメディアの融合」という過去の失敗事例があり、先端性も示していない主張に、三木谷氏がこだわり続けるところに違和感がある。
世界の全てのメディアがコンテンツをネット配信しようという時代に、なぜ三木谷氏はTBSという一放送局にこだわり、戦いを続けるのか。TBSは今後、報道・情報・音楽・ドラマ・アニメなどのコンテンツ発信企業として評価されることを目指す。
楽天市場というキラーコンテンツを持つ楽天は、証券、トラベルなどのネットサービスをさらに深化させ、ポータルサイトを充実させたうえで、ネット広告を取り込んで、グーグルやヤフーといった強者を相手に戦いを続けなければならない。
目指すべきは、多チャンネル化の放送局との「協調」あり、「融合」ではないし、まして「敵対」ではない。三木谷氏に対して生じる危惧は、そんな常識を三木谷氏があえて無視、それをいかにオーナーとはいえ、認めてしまう取締役会の無力である。この戦いの行方は、楽天にとってもTBSにとっても、どこまでいっても不毛。三木谷氏は、それにいつ気づくのだろうか。

